目次
1.開催趣旨の説明
三陸エンリッチメント研究室 土方(以下、土方) この座談会は三陸エンリッチメント研究室のラボに、井田先生と黒倉先生に来ていただきまして、これまでの僕たちの歩みを振り返りつつ、昨年実施した基礎研究の報告をベースにした学術的討論会を進めていければと思っております。
皆さんでざっくばらんに話せればと思っておりますので、よろしくお願いします。 ということで先生方、今回はわざわざ三陸エンリッチメント研究室にお越しいただきありがとうございます。
まず最初にアイスブレイク的な話題を。八木さんは大学時代の井田先生の教え子ということで、八木さんがどんな学生だったのかっていうのを聞きたいなと。僕たちはその頃を知らないんで。それは聞いちゃ駄目?
三陸とれたて市場 八木代表取締役(以下、八木) 現時点のここだけを見ると、「大した学生」に見られるんですよ。人脈も広くとかね。実はそんなの完全に誤解で(笑)。多分、いつまでも卒業できない「こびりついた油汚れ」みたいな学生だったと思います。
井田先生(以下、井田) ただ、一言言えるのは、極めてデータ収集に関しては、几帳面で、系統的にデータを取るということに優れていた。この一言に尽きます。そういう評価でよろしいですか?(笑)
土方 それ以外のところは聞かない方がいいかな。
八木 なんせ、「油汚れ」なもんで(笑)
井田 いいえ、サイエンスではこのことは極めて重要なことですね。
黒倉先生(以下、黒倉) そう。まず、きちっとデータを取って、きちっと客観的に見る。ファクトから出発しないと科学は何も生まれないから、ファクトがグラグラしちゃったら何もできない。
井田 何も論議できないですから。

2.三陸とれたて市場を立ち上げるまでの経緯
土方 なるほど。そんな学生生活を経て、三陸とれたて市場を立ち上げたられたということですが、その辺の経緯を少し説明してもらっていいですか?
八木 静岡県出身の僕は、大学専門課程への進級に伴い岩手県に移住し、卒業後は研究者を目指していたけれど実現せず。ひょんな事から地元魚屋のホームページ構築に携わり、そういえば「産地にある鮮度の良い魚が、静岡のような消費地には流通していないな」っていうことと、魚を取り巻く景色・文化みたいな「自分が驚いたことをお客さまにも驚いてほしい」っていう思いが湧いてきて。なので、まずは当日水揚げされた生魚を当日の内に消費地のお客さまのもとに全量出荷するという産直ビジネスをやっていた。
その過程で、ライブカメラみたいなインタラクティブ要素をビジネスにくっつけて、一緒に操業に行っているバーチャルの体験をお客さまに届けるってことをやっていたんです。けれど、やればやるほど、生魚がお客さまの手元に渡った後のゴミの問題とか、ロスの問題とか、消費の現場が丸の魚をもう受け入れられなくなっているという現実をお客さまの声からすごく感じてきました。それで、震災の時、津波で生産設備を全て流されたのをきっかけに、何ていうのか、「生魚の難しさ」っていうのかな。そここそを重点的に解決しないといけない課題だっていうところをすごく考えて、刺身使途の高品質凍結魚を作る世界に足を踏み入れたんです。
今、これまでを振り返ってみると「魚の不安定な物性をいかに安定化させるのか」ということをしてきたんだなと思います。長期保管ができて、必要なときにユーザーが必要とするパフォーマンスを発揮できる魚商材への改質みたいな。それを実現するための物性試験を、震災後8年ぐらいかけてやってきた。その過程の中で、例えばツノナシオキアミ、岩手県ではイサダだと言いますが、あの手のものの食料使途の開発ができないのかということもやってきた。でも、品質が良い凍結イサダは作れたけれど、消費の現場にはそのニーズが全くなかった。つまり、商品は出来たんだけれど使う人がいないっていうので、この規格は2年ぐらい塩漬けにされていたんです。そんななか、超高鮮度刺身用凍結イサダを熱帯魚の餌料に使いたいという要望にたまたま出会えて、「試しにサンプルを出してみよう」みたいな話が、この事業の発端です。

3.三陸エンリッチメント研究室を立ち上げるまでの経緯
土方 ここで、先生方に僕たちがどんな事業をやっているのかっていうことを、沿革も交えながらお見せしたいと思います。まず、震災後の2013年、CASを使いながらイサダの高品質漁獲方法の開発に着手したということですけど、八木さん、これはどんな感じでスタートされたんですか?
八木 当時、福島原発事故の影響で、放射能関連の風評被害がすごくて、イサダの価格が大暴落したんです。それに対抗するため、「付加価値が高い食品向けマーケットにどうやって進出していくのか」というところから始まった取り組みでした。プランクトンなんて品質がどんどん変わっていってしまうので、それを「いかに高品質で漁獲・凍結・流通させるのか」を、風評被害で価格暴落が続く中、挑戦を始めたというのが最初です。
当初は、ω3とかアスタキサンチンとか、イサダにはそういう生理活性物質が結構含まれているっていうところに着目して、「これは食用としていけるんじゃないか!?」って思ったんですけれど、蓋を開けてみたら全然だった。刺身使途のイサダになんか、全くニーズがなかったっていう状態ですね。
土方 その頃、井田先生はこの取り組みの話はご存知でしたか?
井田 いや、その時私はもう北里大学を退職していて、東京におりました。イサダの食材化と餌料化に関する八木さんの苦労話は、最近知ったということですね。
4.1人のアクアリストとの出会いから始まった餌料開発
土方 2013年はまず、食用イサダの開発からスタートしたんですね。その後、この三陸エンリッチメント研究室にとっての一番の転機というか、「何で立ち上げるのか?」っていうことを考え始めたのが2017年でした。沿革によると、2017年4月に「アクアリストからの問い合わせをきっかけに水生生物用餌料の研究開発に着手」とありますけど、このとき、どんな問い合わせがあったんですか?
八木 何ていうのかな。当時、餌料用のアミエビって、養殖事業者向けや釣餌を想定したものしか無かったんですよ。
黒倉 それは、一般人にとっては使いやすくはないよね。
八木 原料のイサダは大量に漁獲されるものなので、船にある程度量が貯まるまでの操業時間や漁場から魚市場に向かう航海、市場から競りを経て加工場に入るまでの流通、そして加工から凍結に至るまでの間に、脆弱なアミエビは既にグダグダな状態。凍結されたブロックもでかいですし、また、商品は製造工程で加水して凍結をかけるじゃないですか。そんな行程で作られたイサダを水槽なんかに入れようものには、水が即座にまっ茶っ茶に濁り、栄養素の大半が、水槽水中に染み出てしまうみたいな状態だったんですよ。
黒倉 そんな、ぐちゃぐちゃになっちゃうんだ。
八木 市場に流通するアミエビがこんな状態の中、水槽を汚さないしっかりした品質のものを、餌料用途として分けて欲しいみたいなオーダーが、まさに悲鳴のごとく入ったんです。偶然にも、「うちの会社、それを食用向けに作ったけれど売れずに不良在庫化していました」っていう話でサンプル供給を始めたところがスタートです。
土方 その翌年(2018年)に、北里大学の海洋生命科学部と一緒に大船渡市の産学官連携研究開発事業で共同研究を開始したと。この内容は、水族館向けの餌料開発って内容ですか?
八木 イサダだけではなく、食用使途としてこれまで作り上げてきた「素材」へのアプローチ方法が、難飼育魚、つまり水槽の中で飼うことが難しい魚に対しての餌料としても有効なんじゃないかっていうことが、問い合わせをしてくれたアクアリストさんとやり取りを通して見えてきたんです。そういった体感知をもう少し掘り下げてみようかっていうのが、2018年の産学官連携研究開発事業でした。その後、製品のプロトタイプが、なんとなくではあるけど出来てきました。
土方 このときはどんな研究をやったんですか?
八木 例えば、「この凍結イサダは水槽水を汚さないのか?」「摂餌行動が強く誘発されるのか?」「飼育魚の成長にポジティブに働くのか?」とか、本当にそういう初期の研究ですよ。

5.三陸エンリッチメント研究室の設立
土方 ここまできて、ようやく僕が入ってくることにとなるんですけど。2020年に、八木さんが今まで研究してきたイサダが、餌料として手応えがあることが見えてきた状況の中で、それを本格的にマーケットにリリースするために、三陸エンリッチメント研究室というのを立ち上げたのが、これまでの流れですね。
八木 やっぱりピンの魚屋がこういった特殊な商品をマーケットに供給することを一社でやるのは、リソースが足りなすぎる。作ることはできるけれど、それを販売までというと、お客さまの対応まで出来る人材がいない。土方さんとは震災後の取り組みをずっと共通してきたので、「土方さん手伝ってよ!」という話になり、この研究室が設立された。
土方 先生方、ここで少しだけ僕の話をさせてください。
実は、僕は水産学を学んだ経験が全くありません。八木さんとの出会いも震災後です。そのなかで、「何でそんな、全く専門外なのに、この三陸エンリッチメント研究室を立ち上げたのか」というところです。
震災後に何を勘違いしたのか、僕も復興のお手伝いがしたいと思って、勤めていた東京での会社を退職し、この岩手県に移住してきました。その後、たくさんのホタテやカキの生産者さんの再建支援をしていく中で、「なぜこんなに大きく、美味しいホタテやカキが育つのか」という素朴な疑問が湧き、養殖業者の皆さんに話を伺いました。そのときに、生産者である養殖業者さんみんなが言ったのが、「この海があるおかげなんだ」ってことなんですね。僕は、それにすごく感動した。「海ってすごいんだ!」って。そんなことを思っている中で、震災後に出会った八木さんがずっといろいろな試験を繰り返して、凍結商材の事業を作り上げてる姿を見てきました。
鑑賞魚向け餌料の販売に誘われたとき、「これはヒトの食ではないかもしれないけれど、魚が相手でも、この三陸の海の価値を伝えることができるかもしれない」と思ったんです。それで一緒にやろうとなったわけです。
なので、僕はまだ水産に関する専門的な知識っていうのは十分ではありません。しかし、八木さんの「ヒトの食」の商材に触れてきた中で共感したのが、三陸の海が生み出す恵みを劣化させることなく、高品質のままお客様に届けることの大切さです。たとえ最終的なお客様がヒトであっても魚であっても、この取り組みは大きな価値を生み出すものであり、これを通じて三陸の海の素晴らしさを多くの方々に伝えられるのではないかと思いました。
本日は、先生方から多くのことを学ばせていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
八木 こういう取り組みをやっていて面白いのが、イサダって最初は、「劣化が激しく扱いにくい大量のプランクトンの塊」に見ていたんですよ。でも、品質を鍛え始めると、1匹1匹が可愛く見えてくるんです。「その美しくも脆弱なディテールをどこまで保ってあげられるのか?」とか、「この一個の命を一番輝かせてあげられる方法は?」とかって考え始めるんです。例えば、イサダの処理に使った道具を洗うときにも、こぼれ落ちた数匹の命を、無駄にはしたくない。たかがイサダですよ。100匹集めても3円になるのかな?でも、品質みたいなところを突き詰め始めると、「個」に対する愛おしさみたいなものがすごい出てくるのが、やりながら不思議っていうのか、だんだんそういうメンタルに変わってきますね。