魚に余すことなく栄養を届けるための餌料開発
- 魚をお客様とする餌料の品質評価の難しさ
- 飼育試験からの知見:餌から大切な栄養分が漏出している?
- 漏出した栄養分を特定するための実験手順の模索
- 凍結餌料の品質を評価する手法:K値とATPによる定量分析
- 餌料を食べなかった魚が食べるようになる要因
6.魚をお客様とする餌料の品質評価の難しさ
土方 そのような経緯のなか、2020年三陸エンリッチメント研究室が立ち上がりました。2021年からはホームページをオープンして、イサダや魚卵、ベントスシリーズと現在では13種類の製品をリリースしています。まだまだ小さいビジネスサイクルを回している状態なので、商業的成果はまだこれからです。よりユーザーさんの意見を聞きながら、「この取り組みがビジネスとしてどう育っていくか?」ということを、2021年から考え始めました。
昨年から、岩手大学農学部食料生産環境学科の袁春紅先生と、大船渡市の産学官連携開発研究事業を活用して、一緒に研究をさせていただいています。この研究では、僕たちが作ってお客様に提供している餌料のクオリティを科学的な視点から評価していただきました。例えば、原料の取り扱いや凍結方法といった要所ごとの工夫を積み重ねることで、僕たちの製品は目視レベル、体感値においては、解凍後の餌料状態として仕上がりは年々向上している。しかし、これが「どれぐらいのクオリティなのか」っていう評価軸が無く、科学的な評価指標に基づいて数値化に挑んできました。
八木 最初は、どんな評価指標を設定すればいいのかみたいなものも、全然わかんなかったんですよね。
黒倉 わからないよね。だってクオリティを判断するのは魚だろう?
土方 そうなんです。やっていて思うのがですね、魚は喋らないじゃないですか。餌料を魚にあげるのはヒトなので、ヒトに対しては「こういう商品ですよ」ってちゃんと説明しなきゃいけないし、それは出来るんですけど。最終的な利用者である魚の意見が聞けないんですよ。だから、製品の評価軸の設定ってなかなか難しいなっていうところがあるんです。僕たちが提供している製品が、「魚たちが本来自然環境で出会う品質にどれだけ近づけているのか?」というところにすごく興味があって、今年も産学官連携研究開発事業の研究を継続してやっているんです。この2年間というのは、自分たちの製品のクオリティチェックと、それに基づいた僕たちの作業の適切さの評価といった、内向きな部分の研究っていうのをやってきた感じですね。
黒倉 そうすると、これまで作ってきた凍結餌料が、従来の餌料と物性的にどう違うのかっていう、数値的なデータも出ているんだね。
八木 まだ断片的ですが出揃ってきました。手探りでしながらも、「こんな評価軸があったんだ!」みたいな発見はあります。
黒倉 最終的には、その評価軸と魚の好みが合えばいいわけだね。
八木 そうですね。
黒倉 そうすると、凍結餌料に対する魚の反応を三陸エンリッチメント研究室に媒介してくれる人間が必要だよね。それがアクアリストなのかな。そういう人からすれば、餌食い状況がどうだとか、魚が餌を食っている際のbehaviorはどうだとかっていう報告をしてくれそうだ。そういう報告を、製品開発に結びつけるとかが、次の段階になるよね。
八木 ようやく、なんていうのか、手探り感でよく解らなかったところから、「ここを見てあげれば良い」というものが見えてきた状態かと。
黒倉 「物性のどこがどう違うと餌食いが良くなるのか」みたいなことを解明すればいいわけだよね。
7.飼育試験からの知見:餌から大切な栄養分が漏出している?
土方 この研究の中で、今までどのようなことをやってきたかっていうと、お手元の資料「令和4年産学官連携研究開発事業実績書」をご覧ください。
八木 データを見ていて面白かったのは、北海道でチョウザメの養殖をしている「美深チョウザメ館」に協力してもらい、それまで使っていた市販のアミエビと、当研究室のCAS凍結イサダを使った比較飼育実験をした際、当研究室の製品を用いた水槽ではコケの発生がほとんど無く、稚魚の成長も早く斃死率も低いというレポートをくれたのです。

市販冷凍アミエビ(オキアミ)を給餌した水槽

※上下写真提供:美深チョウザメ館
黒倉 水槽の中のコケっていうのは、付着珪藻?
八木 珪藻類です。これまでその飼育者は、一般的な市販のアミエビ(オキアミ)、いわゆる冷凍ブロックみたいなものを解凍して、余分な水分を絞って与えていたんです。比較するものも無かったので、コケの発生は当たり前であり、仔魚の成長もそんな物だと思われていたようで。市販品の方は、掃除した後の写真を見てもらっても分かるんですけれど、水槽にびっしりコケが付く。言い方を変えると、餌として与えているアミエビから栄養分が飼育水中に大規模に漏れているみたいな現象が確認できて、これが結果、飼育魚の成長阻害因子になっているんじゃないかと思ったんですよ。つまり、アミエビの栄養を消化管の中まで、魚が使える形で送り届けられていないっていう可能性が浮上しました。
黒倉 その珪藻が使っている栄養分って何なんだろうね。窒素かな、リンかな?
井田 場合によっては鉄とか、そういった可能性もありますよね。
黒倉 何か染み出しているもので、珪藻の水耕を刺激しちゃうものは何なのかって視点だよね。一つ考えられるのは、そういった栄養分の染み出しによる飼育魚や水槽へのマイナス効果を、CASによって防いでいるってことを明確にすることなのかもしれないね。もっとポジティブに考えて、何か他の要因が働いている可能性も無きにしも非ずだけど。
八木 その過程を考えてみると、飼育者が餌を与えているつもりでも、魚にとっては餌になってないっていう現象が、こういうところからも垣間見られて。そうすると自然環境の中にある、例えば魚卵であったりとか、プランクトンであったりとか、あの手のものを安定して飼育魚のお腹に放り込むことができれば、「飼えない魚も飼えるようになるんじゃないか?」っていうことを考えました。
井田 この実験では、コントロール水槽のチョウザメの成長よりも、CASで凍らせた餌料を与えた水槽の成長の方が、断然良いですよね。
土方 断然良いですね。成長サイズに約1.4倍の違いがありました。
井田 これは、明らかに餌料の栄養分が魚に届いてないのか、取り込まれるべきものが珪藻類に利用されちゃっているんでしょうね。つまり、魚に届けたい栄養分が環境水に溶け出しちゃっているってことですね。
八木 魚自体は出がらしを食べているみたいな状況に陥っているんでしょうね。
井田 そうですよね。
土方 飼育者からのデータを全部見たところ、CAS凍結餌料を与えた水槽内には残っている餌もないみたいなんですよ。コントロール水槽の方では、残餌が目立つ時もあるようです。
黒倉 おそらく、栄養分は細胞膜から溶存態として染み出している、水溶性のものだよね。
井田 そうですよね。
八木 同じ冷凍イサダを与えるので、効果も当然同じと思いきや、その製造工程によって全く別物に変わってしまうんだなと実感したんですよ。
8.漏出した栄養分を特定するための実験手順の模索
黒倉 ここで溶けだした栄養分が何なのかっていうのを特定する手法を考えると、ものすごいシンプルにやるには、CASで凍らせた餌料と、市販のそうでないものを水に戻したときに、溶存態の画分の方に何が来るかってことを科学分析してもらえば、ある程度の推論ができるかもしれない。
八木 まだ詳細は決めかねているんですけれど、今年度、更なる実験を計画しています。
黒倉 溶け出している栄養分が何であるかっていう候補はいくつかある。ただ、特定のものを突き止める前に、餌料から全体としてどれくらいの溶存態の栄養分が染み出しているみたいなことを計測するのも手だね。
井田 うん。まず、個々の要素じゃなくて、全体でどれぐらい流出しちゃっているか、ですね。
八木 例えば、餌によっては成分(栄養価)表示がされているじゃないですか?今回の実験では、当研究室製品も市販の物も、原料は同じアミエビなので、成分表記上は両方同一になるんです。だけど、原料を商品にしていく処理の手法によって、出来上がった製品が魚に効く(消化に至る)のか、こぼれる(環境水に漏出する)のか、大きく違ってくることは明確になりました。
土方 コントロール水槽で使われていた餌料は、顕微鏡で見たときにこのような形状なんですよ。

我々の精密凍結餌料はこちら。

黒倉 やっぱり、従来のものは相当、細胞が壊れているよね。
八木 これが、ただの形態的な破損だけではなくて、餌料に求められる根本構造すら壊れている可能性があるんです。
井田 多分、餌料そのものが細胞レベルまで破壊されて機能を失っているってことだね。
八木 今年の研究では、電子顕微鏡を用いた形体の比較、さらには、混合物である餌料が凍結解凍の過程で、有効成分が変性してしまっている的な現象も起こっている筈なので、その点も評価してみたいんです。おそらく、生体には取り込めない形に変わってしまっているだとか、そういう可能性も考えられるのかなって。
井田 いや、そんな難しいことをおっしゃらないでも、魚のエラを通過する際に、通過してしまうサイズだったら栄養分は取り込めないわけですよ。だから、必要成分がエラを通過して、環境水に流出している可能性がかなり大きいんじゃないですか?
黒倉 それは意外に効いている。そうだね。溶存態を分析しなくてもいいのか。エラに引っ掛からなきゃ水中に出ちゃうんだから。
井田 そうです。そうじゃなきゃ咽喉を通らないですから。構造が壊れたものは、明らかに鰓耙のふるい効果をすり抜けちゃうサイズですよね。これだけ構造体が破壊されて、見えなくもなっているわけだから、その可能性はたぶんあると思いますよ。
黒倉 そっちを見落としがちになりますね。
井田 だから、解凍して水槽に入れたときに、「ラウンドのままで何%が失われているのか?」。まず、簡単に全体像の増減から見てあげるのも必要だと思います。
黒倉 そうしないと、こぼれちゃったところが抜けちゃうからね。
八木 井田先生と黒倉先生に、実験系を組む際のアドバイスをお願いしたいです。
黒倉 僕らはさ、こういう時に取りこぼさないようにさ、大きなところから絞っていくんだよね。
井田 さっきの岩大との共同研究もちろん重要だと思うんですけど、現段階においてはちょっと細かすぎるかなという感じがするな。
コラムー仮説のまとめ

9.凍結餌料の品質を評価する手法:K値とATPによる定量分析
土方 他にやった研究で言うと、ユーザーが一般的に手に入れることができる既存の市販餌料4種類と、この精密凍結活餌料を分析にかけて、K値とATPの分析を行ったというものです。この研究に関連する話を、八木さんからお願いします。

K値とは、「ATPおよびATP分解生成物全量に対するイノシン、ヒポキサンチンの量の割合」であり、値が低いほど鮮度が良く、K値が高いほど鮮度が悪いとされる。一般的には魚肉の場合、K値60%以上が初期腐敗の目安(図中赤線)といわれている。

ATPは生体におけるエネルギーの通貨とも言われており、この物質が蓄えたエネルギーが我々の生命としての活動に不可欠となる。ATPはエネルギーを放出するとADP→AMPの順に代謝され、細胞死後はIMP→HXR→Hxの順に分解が進んでいく。
ATPは生体のエネルギー源であり、鮮度の指標となります。精密凍結活餌料からはATPが検出され、市販の冷凍アミエビでは検出されませんでした。これは、精密凍結活餌料が細胞構造を保持し、高鮮度を維持していることを示しています。
八木 三陸エンリッチメント研究室のイサダ製品は、漁業者に無理を言って、海の上から保護輸送し、迅速に水揚げしているんです。ですから、K値自体が当然低いというのもありますけれども、ATPが残っている状態で凍結状態にまで持ち込めていることが確認出来ました。ある意味、生き物の機能を保った餌、つまり自然環境にあるがままの姿を凍結で保持出来ている。腐肉とかではなく、正にアライブの状態でね。そのような品質を製造段階のコントロールにより実現できるようになってきたのかなと思います。
黒倉 まあ、K値で測ってもATPで測っても科学的なロジックとしては同じだけどね。要するに生細胞が死んでから、変性して行く間にリン酸がいくつか離れていくって現象を追っかけているだけだから。これはこれで、一応鮮度評価としては良いかなと。今はさ、鮮度評価っていってもいろいろあるから、その分野の研究者は手法にうるさいけれど、一応K値はかなり感度のいい方だから。
土方 この値を、実際に餌料を選定するときに出されたら、何か気にかかるポイントはありますか?
黒倉 やろうとしたことの意味はわかりますよ。「いわゆる鮮度判定でしょ」って。だけど、私がちょっと興味あるのは、「凍結の仕方そのものによってK値が変わっているか?」かな。
八木 そこはまだ未知ですね。
黒倉 むしろ生化学的な物質ではなくて、細胞膜レベルの透過性の方が変わっていて、中のものは変わってないかもしれないなっていう気もするんですよ。K値には変化がないけど、実際には自然環境下の状態と商品の状態では「何か」が違うって方が面白いかなっていう気はする。ちょっと深掘りになっちゃうけど、そういう視点もある。
10.餌料を食べなかった魚が食べるようになる要因
八木 ユーザーから寄せられたレポートの中で、これまで人工餌料を全く受け付けずに飼育に難儀していた魚が、餌をようやく食べるようになったという話であったり、体色が改善したりだとか、肉付きが改善したという報告が、何に起因しているのかという要素を手探りしている状態です。
黒倉 「太らない」の前段階が「食べられない」じゃないか。だから、二つのパターンがあるよね。「食べられない」から「太らない」のか、「食べられる」のに「太れない」かっていう比較がありうるでしょう。「食べられない」ってことになると、これは結構面倒だよな。どうして食べられないのかってね。だから、実際の摂餌行動そのものに違いがあるのかを、井田先生とかハイアマチュアとかの摂餌場面をちゃんと見ている人が見つけて、「与える餌によって摂餌行動が違うよ」とか、そういう発見が大事なんだろうな。あとはどうやったらいいのか、ちょっと思いつかないとこあるんですけどね。なんか模擬的な餌でもって食いつくのかとかいうのは実験もあるのかもしれないけど。
八木 ヒトの食事用に開発した商品が、ユーザーが変わったことで、より本質的な問いが見えてきた。
黒倉 ようやく面白くなってきた。
八木 そうですよね。だんだん、「どこを攻めると何が見えるのか?」みたいな。