三陸エンリッチメント研究室

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学術的討論会 Ⅰ(4人座談会)【第2章】

他社餌料と比較した際のエンリッチメント餌料の差別性

  1. 天然餌料の質の不安定性とユーザーの理解醸成の重要性
  2. 研究機関における凍結餌料の活用可能性
  3. 余談:三陸エンリッチメント研究室の餌料と他社餌料との差別性
  4. 水槽内の環境をも強くする可能性を秘めた凍結餌料

11.天然餌料の質の不安定性とユーザーの理解醸成の重要性


土方 正直に言うと、三陸エンリッチメント研究室の立ち上げから、「ちゃんとしたものが成果として出せているのか?」っていうのが気になっていました。もちろん、水槽の中で飼われている魚はアクアリストの方にとっては大切な財産なわけなので、そこに変なものを入れるわけにはいかない。それも、自分たちの思いつきで。という気持ちがあったので、まずこの2年間はこのような地道な実証研究をやってきたということです。もうすでに買ってもらっているお客さまもいるんですけど、いよいよ科学的な試験の結果、品質が大丈夫だというところが分かってきたので、ようやくビジネスとして広げられるという感じがしています。


黒倉 やっぱり、結構難しいのは、クオリティの保証みたいなことだよね。コンシューマーの中には当然、安全性を気にしている人がいるわけじゃない。そうすると、天然餌料の怖さっていうのは、水槽内に病原菌持ち込んじゃうとかね。そっちで変な風評被害が立っちゃうとまずいから、そういう意味では、原発事故後の食用水産物の風評被害の怖さを八木さんが知っているってのが、個の取り組みでは大きいよね。ちゃんと品質の保証があって、それに納得してユーザーが買っているっていう構造をきっちり作ること。科学的な根拠と並行して大事なのは、安心感というか、「あそこで作っているCASのやつだから、安心して買うんだ」と判断したとか。それから、それをかなり腕のいいアクアリストたちが使っているとか、そういう安心感を与える要素がいくつかあって、この餌料の提供がされていくっていうこともきっと重要だよね。これは、非常にニッチな産業じゃないですか。マスマーケットを対象に売っていくというよりは、ものすごくターゲットが絞られていて、その代わり少し高くても買うぐらいのニッチなマーケット。そういうマーケットだと、一度コンシューマーが離れちゃうと、戻って来なくなっちゃうよね。彼らはマニアだから。


土方 今、思うのは、やはり1ヶ月に1回とか、2ヶ月に1回とか継続的に買っていただいているお客様に向けて、そういったことを発信していかないとってことです。


黒倉 納得して買ってもらうってことが大事だよね。


土方 八木さんはもう20年ぐらい水産ビジネスをやっていて、僕はまだまだひよっこですけど、科学的な製品のクオリティチェックや現在使用していただいているユーザーの飼育情報を通じてファクトベースでの自信が徐々に積み上がってきた。これからは、今リピートしているお客様がどういう魚を飼っていて、どう感じてリピートしているのかっていうところを、アンケートなり何かしらの方法で調べていく必要がある。あとは、もっと多くの人に使ってもらって、使用事例を増やしていくっていうのが必要だと思っています。


黒倉 商品が育っていくために、いい顧客に出会うってすごく重要じゃないですか。納得して買ってくれて、すごく上手に使ってくれる人。そういう意味では、そういう人とうまく交流してほしいな。

 僕はね、ある乳業会社からの依頼でラクトフェリンの薬理効果を調べてくれって言われたことがあった。ラクトフェリンは免疫活性効果があるじゃないですか。これは、魚にやっても効くんですよ。不思議なことに。魚はおっぱい飲まないけど、ラクトフェリンが効くんですよ。与えてみると作用がすごくよくわかる。ニジマスなんかにラクトフェリンをやっちゃうと、粘液がズルズル出るわけよ。それによって白点病のような魚病が改善する。しかし、これを与えるづけると、粘液を出し過ぎて魚が痩せてっちゃう。そっちにエネルギーを取られるからね。だから、その乳業会社に対して、ラクトフェリンを水産業界に売るときには、使い方が難しいから、こういったものの扱いが上手な人だけに売ってくれと言っておいた。ロジックがわかっている人でないと、やりすぎちゃう。1回やりすぎて悪評立っちゃったら、その業界の人はもう買ってくんないからね。その後、その乳業会社はものすごく慎重な売り方をしたよ。むしろ、売り手が買い手を選んでいるみたいな状態だね。


八木 まさに、僕たちも実際にこういう餌料が出来上がってきたときに、最初は本当に怖かったんで、ユーザーを限定してゆっくりゆっくり拡大していくみたいな展開をしてきましたね。


黒倉 お互いに、安全性とかを確認し合ってね。


八木 その作業を経て安全性や効果的な使用方法が体系化されてきた後、少しずつ顧客層を広げていくみたいなフェーズに入ってくるんだと思いますね。


黒倉 だから、できればそういう上級アクアリストが、顧客としてもどんどん育ってくれるといいわけだよね。

12.研究機関における凍結餌料の活用可能性


土方 大学の研究室っていうのは、ユーザーとして対象になったりするんですかね?


井田 十分に可能性は高いと思いますね。飼育実験に伴う餌料の要求というのは成熟過程によってとか、いっぱいありますよ。そこで一度、既存の餌との差が明瞭であることを立証できれば、口コミなんかでどんどん広がっていくわけですよ。


黒倉 そういうのはあるかもしれないね。水産実験場の技官なんかもユーザー候補かもしれないね。こういう技術を使って製造した餌料なので、これを使うと飼育実験の精度が上がりますよ、みたいな謳い文句で。

13.余談:三陸エンリッチメント研究室の餌料と他社餌料との差別性


土方 余談なんですけど。昨年、復興庁の岩手県復興局長が来て、すごい話に興味あるからって、三陸エンリッチメント研究室の話を聞いてくれたんですよ。それで、最終的に局長が言いたかったのは、「この技術の出し方を間違えると、すぐに他社に真似されて終わるぞ」みたいな話でした。僕たちも、「例えばウナギの稚魚の完全養殖ができていないところとかに、餌料を持っていって使ってもらったらどうなんですかね?」みたいな話をしたときに、結局、製造工程を全部聞かれるだろうと。どういうふうに作っているのかを聞かないと当然、餌料として採用されないから。そうなると、すぐに真似されちゃうんじゃないかと言われたんですよね。その可能性ってどうなのかなっていうのを、僕はすごい気になっています。


黒倉 この餌料は、どこでも真似できるかっていうと、できないところだってあると思うよ。養殖業が盛んな湾内とかの海域だったら、魚の病気はやたらと蔓延している可能性が高いから、そこで獲れた原料だと、魚病の原因を水槽に取り込んじゃう可能性がある。三陸エンリッチメント研究室の餌料は、「岩手県の広い海でやっています。だからそんなリスクが少ないですよ」とかね。


土方 それは、環境に独自性があるということですよね。


黒倉 そうだね。場所は限定的だと思うよ。だって、リスクのある海域から獲れた物を水槽の中の魚にやりたくないでしょ。


土方 そうですね。あとはもう僕たちがこれまで構築してきた、漁師さんとの連携もですね。


黒倉 「その海域で養殖されている養殖魚に変な病気が起こってないか」とか、「養殖のカキやホタテに病気や貝毒が発生してないか」とか。そういうことも「地元の漁師さんとの連携の中で、情報を逐次交換し、安全性を確かめた上で作っています」ってその繋がりがあると日常的に行えるよね。「なんだかわかりませんよ」っていう餌料メーカのものとは違って、信頼感がものすごく醸成されると思う。真似されちゃうかもしれないけど、そこの信頼性が違うんだっていうことも重要かな。


土方 そうですね。独自ノウハウの部分も含めて。


黒倉 単なるテクニックじゃないんですよっていうね。


土方 なるほど。いやもう、局長がわざわざ来て、ずっと話を聞いた後に言ったのが、それだったんで、気になってたんですよ。


黒倉 そういう時には、「うちの信頼感は真似できないんですよ」って言えばよかったね。

14.水槽内の環境をも強くする可能性を秘めた凍結餌料


八木 実験の話に戻ると、鑑賞魚の飼育過程で餌付かずに痩せていって死んでいくみたいな現象をよくよく考えると、「そもそも自然界でそんなことが頻発しているのか?」っていうところに行き着くんです。飼育環境という、ある種の閉鎖空間の中で特殊な育て方をするから、明後日の方向に魚のコンディションがブレていっちゃうんであって、その種がいた自然環境に近づけてあげれば、この子たちは普通に生きていけるんだって事が、こういう取り組みから見えてきたんです。例えば、イサダみたいな特定の餌だけではなくて、魚卵や海藻、海綿のような、より多品種の原料も求められるんだろうなと。


黒倉 いろんな飼育魚の食性ニーズに対応するようなね。


八木 今は、海の中にあるより多くの原料を安定して供給できるような商品形態を模索しながら、少しずつ試行錯誤しながら試験をしている。やっぱりそういう環境の中で事例が育ってくると、僕が今、一つ疑っているのは、水槽の濾過細菌もこれら餌の供給を通して育ってくるんじゃないかっていうことです。


黒倉 それもあるでしょうね。


八木 要は、餌料由来の細菌類が濾層に定着していくみたいな。単純化された環境ではない複雑さが、水槽内や濾過槽内に生まれて、何となく水槽が強くなっていくっていうか、厚みを持ってくるっていうか。


黒倉 菌層が複雑化していく。単純に壊れなくなる。


八木 そうです。菌層が脆弱である一般的な水槽とは違う、本来の自然環境が持っているホメオスタシスみたいなものがトータルで効いてくるみたいな。そんなものがユーザーからのレポートから見えてきましたね。


黒倉 それも一つの研究としてありうるよね。飼育水槽のバクテリア菌層は、どう変わったかって研究は意味があるかもしれない。


八木 単純に魚に餌を与えるっていう行為だけではなくて、飼育環境全体を重厚に育てていくような。


黒倉 アクアリウムって変なもんでさ。水槽全体を飼っているようなところがあるよね。


八木 その辺までトータルに考えていかないと、一部の問題が解決しても別の問題でやられるみたいな。