三陸エンリッチメント研究室

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学術的討論会 Ⅰ(4人座談会)【第3章】

2025.01.6

第3章 魚の摂餌行動に向き合う

  1. 環境水中の餌の豊かさによって変わる魚の摂餌行動
  2. 摂餌行動研究において重要なのは「個」の魚を観察すること
  3. 魚にとって「美味しい」と感じられているのかの把握困難性

15.環境水中の餌の豊かさによって変わる魚の摂餌行動


黒倉 あと、井田先生、稚魚って食った餌、口から離したりするんですか?


井田 餌が十分なときは、美味しくないのは吐き出していますね。餌が環境水に少ないときは何でも飲み込んじゃいますよ。例えば、ブリの子どもなんかは餌環境が十分なときは特定のコペポーダばかりを選択的に食べているんです。ところが、餌が少ないときは明らかに消化しにくいものまで食べています。だから、餌が十分にあるときは、やっぱり美味しく栄養素がある、消化しやすいものを好んで食べている。少ないときはもう、空腹には勝てないと。


八木 「飢饉のときには大根」みたいな状態なんでしょうね。


黒倉 餌を噛んだ時のテクスチャーみたいなのがあるんですかね?食感みたいのは魚の食性に効くんですか?


井田 もちろんあるでしょうね。それはあくまでも餌が選択可能な場合は、そういうものほど選択的に食べられて、成長も早いでしょうし、正常な体内器官形成に結びついているはずだと思います。


黒倉 CASで作った餌料とそうでないものを、魚がかじったときの食感が違うかどうかっていうのは、ちょっとわかんないけどね。どうやって調べたらいいかな。


井田 そこまで考えなかったけど、個体自体の食性の柔軟性は重要だと思います。

16.摂餌行動研究において重要なのは「個」の魚を観察すること


黒倉 吐き出しているかとかも、トップクラスの飼育家に実際に見てもらうといいですよね。


土方 それは、大学の研究室とかでも研究されているところってあるんですか?




黒倉 私が現役なら、やれって言うかもしんないけど。


井田 私は不勉強でそれについては知りませんね。


黒倉 今の話は、摂餌行動という意味では、ちょっと細かい話なんだよね。摂餌行動を観察して、記録しているっていう人は少ないんじゃないかな。


井田 それこそ、ハイアマチュアのマニアの方がね、大きく貢献できるんじゃないですか。どういうテクスチャーの方がいいとか。


八木 これまでの餌料は、そもそも産業的に大量に飼う魚に向けて、生産サイクルを効率化するというスタンスでの研究が中心だったんでしょうが、熱帯魚愛好家が求める「個」の魚をいかに大切に、長生きさせるのかみたいな知見・研究が意外とないんですね。


黒倉 そう。1匹の魚を凝視しているみたいな、そういうアートの世界だよな。凝視する姿勢みたいな。


井田 科学もアートだと思いますけどね。師匠自体がアートでなきゃいけないと思うんです。弟子が師匠のコピーじゃね、コピーでしかないわけですから。


八木 だから、単に餌料を売って利益を得ようというよりは、自然の大循環から切り離されてしまった閉鎖環境で魚の飼育に挑むユーザーに対して、生態系が有する複雑で神秘的な機能をいかに繋ぎ込み、安定飼育を達成するのか。その試行錯誤が面白くてこの事業をやっているんです。


黒倉 そこにこの商品の面白さがあるんだと思います。

17.魚にとって「美味しい」と感じられているのかの把握困難性


土方 さきほど、餌が選択的に選べるときも美味しい方がいいというお話がありましたが、その美味しいっていう感覚はどういうことなんでしょうか?


黒倉 それはヒトにとってもめちゃくちゃ難しい問題でしょ。


土方 生きるのに必要だからって感覚なんですかね?


井田 大体、空腹のときは何食べて美味しいけど、特に特定の要素、例えば塩分が足りないときは塩が美味しく感じるように、味覚が鋭敏になりますよね。当然そういうのは生き物として生得的に当たり前に備えられていると思うんです。


黒倉 ただ、かなり高度な感覚じゃないですか。神経細胞や味蕾が刺激されたらいいんじゃなくて、やっぱり味蕾と嗅覚とかの、もうちょっと上位の絡まり合いで感じるのが美味しさみたいなもんじゃない。だから、すごく難しいんです。


井田 私が稚魚研究していたときは、やっぱりプランクトン量が多いときは特定のプランクトンに捕食者が集中していたんですよ。それはあくまでも、選択肢が幅広いときに可能であって、プランクトン量が少ないときには、いかにも消化が悪そうなオストラコーダといったプランクトンも食べられます。だけど、餌が豊富なら魚は決してそんなものを食べない。特に稚魚はね。


土方 例えばプランクトンシリーズという商品ラインナップもありますが、現状このシリーズで提供できるものがイサダしかないんですよ。これでは多様な選択肢を与えられないじゃないですか。そうすると、「好きで食べている」のか、「嫌いだけど食べちゃうのか」っていうことが分からない状況があるとすると、最適解に近づいているのか不安になるんです。


黒倉 だから、そういう実験をハイアマチュアやってもらったら、これは「この子が喜んで食べている」とかさ、「食べる速度が全然違う」とかが分かる。それは上級の飼育者だからわかる感覚があるじゃないですか。それで記述してもらえばいいんじゃないかな。