三陸エンリッチメント研究室

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学術的討論会 Ⅰ(4人座談会)【第4章】

魚卵シリーズが持つ様々な可能性

  1. 多産多死の魚卵を「自然環境下でニーズが強い餌料」と捉える
  2. 完全栄養食として魚卵を捉え直すことの意義
  3. 捕食者の摂餌を誘引する魚卵
  4. 凍結餌料製造における原料供給の安定性と魚卵の経済価値化
  5. 水質汚濁を起こさないことが求められる魚卵シリーズ
  6. 近大のウナギ完全養殖のコストダウン用餌料としての活用可能性

18.多産多死の魚卵を「自然環境下でニーズが強い餌料」と捉える


八木 そもそも自然環境を考えたときに、いっぱい生まれた卵は、いっぱい食べられるじゃないですか。多産多死みたいな。産み落とされた個体の極一部だけが生き残るという現実は、残りのものは食べられることにより他の生き物へと変わっていくんですよね。だから、この「多産で大半が捕食される」という生き物においては、当然、自然界では餌としてのニーズが強いはずなんですよ。だからいっぱい生まれるものから、まずは凍結餌料として固めていこう、みたいな。そうすると、それを好む顧客、つまり魚が広くいるはずだ、みたいな。


黒倉 エンドユーザーは魚だからな。


八木 その考えがだんだん定着してきたんで。あと貝類の卵とかの、海洋に大量に吹き放たれるみたいな種類もですね


井田 そうですね、サンゴ礁魚類は産卵シーズンになると、いろんなプランクトンフィーダーが集まってきますよね。最近ではそういう映像がいっぱいありますよ。特にベラやスズメダイが産卵すると、そこにマダラタルミっていう魚卵を専門に 食べる魚が来るんですよ。だから、魚卵っていうのは八木さんがおっしゃったように、多産のものは食べられることを予想して産んでいます。

19.完全栄養食として魚卵を捉え直すことの意義


八木 よくよく考えると、魚卵は完全栄養食じゃないですか。魚1個体が育つための要素が、それに全て含まれているので。だから、高品質な魚卵を水槽に提供することが、生体の成長やコンディションの安定化に寄与するんじゃないかって思うのです。


井田 特に初期発生の段階にある個体にとっては重要だと思いますね。


黒倉 細胞膜もちゃんと残っているような状態で、栄養分が水中に溶け出さないような状態で、魚卵を飼育魚に食べさせるっていうのは、あっていい飼育法だと思うけどね。


八木 この後は、その辺も含めて実験系を作りながら、「何を検証すべきなのか」みたいなところも議論ができればなと。


土方 そうですね、今は何を検証すればいいのかっていうところだから、次なるステップっていうところですね。


黒倉 だから、魚卵が初期餌料として使えなかったら、提供している魚卵の物性に問題がある。それをCASで凍らせると物性的な問題を解決できるんだったら、それは一つの解決だと思うけど。

20.捕食者の摂餌を誘引する魚卵


八木 今まで、製品を作ってきて面白いなと思ったのが、浮遊性とか沈降性とか、色んな魚卵がありますが、その中で、例えばソイの発眼卵みたいな、目玉がついた状態で母親のお腹の中に大量にいるものもある。

 そんな、「ほぼ仔魚」みたいな状態のものを、他の仔魚が視覚を頼りに摂餌をするような。つまり、摂餌する魚にしてみれば、発眼卵の「目」を頼りに「これは餌だ」と判断していることも確認されている。被食者が有する目が猛烈に摂餌行動を誘引するみたいな。


井田 それはね、ほとんどの魚類の発生で、目の形成と開口時期が一致しているんですよね。まさにそういったことを視認して、仔魚は餌を食べます。おっしゃる通りだと思います。


八木 この辺もかなり「魚の食べるという行動」を誘発するのに有効なのかなと思います。経済価値が見出されてこなかったこんな魚卵なんて、うちらが魚屋として扱っている限りにおいては商品価値が全く無いんですよ。でも、素材の特徴を最大限発揮できる場所を見つけてあげると、高付加価値商品へと成長する。


黒倉 初期餌料の研究で、同種の魚を共食いさせるっていう研究があるんですよ。要するに、魚は哺乳類と違って、産むと授乳という行為を分離できない。だから、子ども作るのと餌作るのを一緒にやっている(産まれた物を共食いさせることで子が育っていく)って説もある。


井田 ご存知だと思いますが、サバ科魚類の多くはもう、共食いが当たり前です。彼らはそれを計算して多産なわけですよ。

21.凍結餌料製造における原料供給の安定性と魚卵の経済価値化


井田 そういった魚卵は、量的には安定して確保できるんですか?


八木 この地域の魚の多くは定置網で獲られるじゃないですか。そうすると、漁業者が望んでもいないのに、産卵時期の魚が水揚げされてしまう、漁獲物として水揚げされてくる。そのような個体は、卵に魚体の栄養の大半を取られているので、身の商品価値は極めて低いんです。


井田 なるほど。


黒倉 結構、卵巣でかいんだ。


八木 大きいんですよ。


井田 腹が膨張していますからね。メバル類は。


八木 鮭(イクラ)やナメタガレイのような特殊な魚種以外は、魚屋にとって抱卵魚は魅力的には映りませんが、土方さんの角度から見ると、まさにメッシュの揃った魚卵または仔魚が一定の品質で効率的に集められるみたいな、宝物ですよね。


黒倉 しかもCASの冷凍で品質の安定性があると。


八木 劣化させずに品質の保持が出来るっていうね。


井田 面白い。


八木 このような素材が、人工餌料を食べない飼育が難しい魚にとって、さっきの多産多死じゃないですけれど、特殊な餌料として供給できれば、使途が無かった魚卵の有用性がものすごく高まるんじゃないかと思ってやっているところです。


井田 抱卵時期の特定が必要ですね。


八木 本当に。取れる時期が限られているので。


井田 そういう観点は全く僕にはなかったな。うん。


八木 見方が変わったらどんどん面白くなっていく。


井田 そうか、鮮魚としては極めて低い。


八木 ゼロですよね。もう本当に痩せ細っちゃって、お腹ばっかりこんなに大きくて。


井田 卵を絞ったら、魚体なんかペコン、ですよね。


黒倉 僕は魚の受精卵の凍結保存方法を研究していたんだけど。未だ世界で魚の受精卵の凍結の成功したやつはいない。魚卵ってでかいじゃないですか。少なくとも1ミリ近くあるじゃない。そうするとね、精細胞の凍結保存の技術じゃ無理なんだよ。だから、そういう意味では、私にしてはそれが何か商品になっていて、魚卵の凍結が社会の役に立っているのはさ、ちょっと嬉しい気がする。


八木 多分使い方としては想定していなかった方向に広がっていますね。


井田 なるほど、これは全く気がつかなかったな。


八木 素材へのいろんなアプローチの仕方で、様々な現場の困りごとに貢献できる可能性は見えてきました。


黒倉 それが見えると、少し技術体系が変わるかもしれないな。


八木 マダラの性成熟の度合いが上がってきたときの透明感が高い卵なんて、魚屋としては、もうどうしようもなかったんですよ。ちょっと触ると、こぼれてくるみたいな。あれを食用で売ろうとすると絶望するんですけど、このマーケットだと希望しかない。


黒倉 卵胎生魚の卵をCAS凍結して餌料として使うっていうストーリーはいいかもしれない。


井田 僕の想像外でしたよ。でも考えてみればね、なぜカサゴ目がお腹の中で子どもをある程度育ててから産むかっていうと、その成長段階までの減耗が少なくなって、多分、1万分の1の生残確率が100分の1ぐらいに高まりますよね。受精卵で産んじゃうよりも2桁オーダーで生残率が変わってくるんじゃないですかね。そういう確率論で言うと、これは面白いな。サバやブリみたいな受精卵の生残率と、発眼卵、あるいはサケマスみたいに仔魚の形態で泳ぎ出す魚を比較してみるとか。

22.水質汚濁を起こさないことが求められる魚卵シリーズ


黒倉 これを水槽に入れみて、餌料効果があって、水を汚さないことが確認できればいい。

井田 そうだ、水質汚濁の程度とかね。


黒倉 CASの餌料は、「水質汚濁が起こりません」みたいな。


八木 製造においては水槽水の汚濁を極限まで防ぐために、卵巣を解してバラバラした後、滅菌海水で灌流洗浄をかけて、鰓耙に引っかからないサイズの組織塊や不要なタンパクを除去した後、個々のポーションに落として凍結をかけて固めるみたいなことをやっているんです。


井田 うわー、すごい手順だな。


八木 実際にはほとんど水槽を汚さないです。汚さないってのも確かなんですけど、この状態であればユーザーはいつでも気軽にこれら天然素材を餌料として使える。これが生での取り扱いだと「この時期しかその餌はない」みたいなところで終わるんです。

23.近大のウナギ完全養殖のコストダウン用餌料としての活用可能性


黒倉 この魚卵シリーズ、いくらぐらいで提供できますかね?


八木 売価設定は自由度高いです。


黒倉 というのも、近大の升間(升間主計氏)がウナギの完全養殖成功したじゃないか。でも、あれでもまだものすごい稚ウナギ用の餌代がかかってんだよね。まだ1匹つくるのに5,000円ぐらいかかるんだけど。


八木 僕たちの実験からは、これまで凍結製品を餌として与えながらも、その栄養分の大半が環境中に放漏出して珪藻が育っているみたいな状況が解消され、餌食いも良く、栄養価も高い餌料領域が絞れてきましたので。


黒倉 だから升間のところに行って、「これ試しなさいよ」って言ってみたらいい。