餌料が持つ効果に関する科学的情報を発信する意義
- アクアリストから見た魚卵ごとの魚の反応の違い
- 主要魚の餌料は全ての観賞魚に対して万能なのか?
- 飼育者から求められる餌料のレベルの多様性:こだわるマニアの存在
- 餌料成分の効果を科学的根拠に基づいて確かめられる体制が必要
- ラクトフェリンの明暗:白点病は治せるが過剰投与は魚を殺す

11.アクアリストから見た魚卵ごとの魚の反応の違い
江見 魚の内子っていうのは、親魚に抱かれている鮮度の良い状態では衛生レベルが高いわけですよね。
黒倉 免疫系とかにより保護されている。
江見 そうですよね。それも大きな特徴ですよね。
八木 イカの卵とかが、水中に出ると、捕食を防ぐために膜が固くなって、バリアが張られたみたいな状態になるじゃないですか。あれ、内子の状態だと魚はすごい喜んで食べるみたいなんですよ。
江見 タコの卵への嗜好性が高いんですよね。
八木 同じ生き物の魚卵でも、さらされた環境によって、防御作用が発現する状態と、無防備な状態がある。それによっても多分、使途が全然変わってくるんだと思いますね。
黒倉 魚卵のテクスチャーも完全に変わるしね。
八木 江見さんとやった飼育実験によれば、頭足類の卵(内子)は魚が好んで食べるし食べた魚はちゃんと太るってことが分かってきて、魚卵によっていろいろと特徴があるんだなっていうことは何となくは見えてきた。
黒倉 そういう方向性も、1つの学会、あるいは水産学会の1セクションとして誕生すると、世の中の動きが変わってくるかもしれないね。
黒倉 水産学会は間口が広いから。水産学科に社会科学部門を作っちゃった私としては、10年辛抱すれば、何とか1人前の顔して、そこに座っていることができるようになる。
江見 でも私がこれから10年経ったら、思いっきりおばあさんになっちゃう(笑)
黒倉 大丈夫。73歳の僕でもまだ多少やっているし。83歳の井田先生の前で言うのは恥ずかしいけど。
12.主要魚の餌料は全ての観賞魚に対して万能なのか?
土方 最後に、江見さんから事前にこんな疑問を受けていたので、ご紹介します。「今、観賞魚として売られている魚種は多種多様なのに、市販の人工飼料は種類が少ない。果たして、こういった少ない種類の人工餌料は、多様な魚種にとって万能な餌料として使えるのか?」。この点に疑問を持たれたそうです。
江見 それが、八木さん含めいろいろな漁協さんにイサダをお願いしたときの最初のきっかけなんです。人工飼料、配合飼料とかの市販のものは、とりあえず海水魚全般に使えるという前提を、この業界に感じていたので。
黒倉 でも、「全般」っていうのは「全部」じゃないよな。多分代表的な海水魚に使えれば良いのであって、特殊な要求には応えようとしていないってことでしょ。ビジネスってそういうところがあるじゃない。
例えば、養殖用の配合餌料は、魚を短期で成長させて食用として出荷を可能とすることを目的に作られているので、江見さんのような「鑑賞魚」を健康的に、天寿を全うさせるような使われ方を想定していない。
江見 私の経験上、いわゆるニモ(カクレクマノミ)を代表とするクマノミ類は非常に、幼魚のときから飼いやすくて。
黒倉 ニモが人気はあるのは、飼いやすいからってこともあるのか。
江見 あります。
黒倉 ペットっぽいしな、容姿が。
江見 初心者向けですね。市販の餌さえあげてれば、普通に大きくなってくれるので。
黒倉 もちろん、飼育というホビーにそういう入り方をしてもいいんだけど、やがてそういうやり方していると飽きるよっていうこともあるだろうな。
江見 そうですね。だから、みんなクマノミが飼えたから、「じゃあその餌でチョウチョウウオも」って考えてしまって。
黒倉 「そういうことにはなりません」って情報を発信した方がいいんだろうな、きっと。
江見 そう私は思っているんですけど、先生方はどう思われますか?
黒倉 常識的な答えとしては、それは当然魚種によって違うでしょうし、生態が違うんだから、食性ニーズも違うでしょうっていうのは、科学的な正解だけどね。一方で、餌屋はそう思わないだろうなとは思うよ。要するに、できるだけ間口の広い物を作ろうとする。
井田 万能な餌をね。
江見 だから、そういううたい文句の餌料が多いし、ショップさんもそういうものを扱っている状態です。
黒倉 でも、それでは飽き足らないクライアントも世の中にはいるっていうね。
井田 それに、生き物ってのは大体、他の生物が利用してない資源を餌として利用するように発達するんですよ。
黒倉 自然界の中で住み分けている。「食い分け」と言ってもいいな。
井田 簡単に言えば魚には雑食性のゼネラリストと特異な餌を要求するスペシャリストっていう分け方があります。スペシャリストに対しては、万能餌が向いているわけがないですよね。だから、スペシャリストを飼いたい人は、特殊な餌が必要になる。
江見 チョウチョウウオなんかも、肉食系で餌選びが実は難しいんですよ。
黒倉 本当にそういうのって情報をシェアしないと、1人ではとてもカバーしきれないですよね。
井田 チェルモとかフエヤッコみたいな魚は特殊な口の形をしていますもんね。だから、口の形に適した生物由来の餌をやらなきゃ、当然駄目ですよね。
黒倉 だてに形が変わっているわけじゃないんだ。やっぱりある餌を専門に食っていると口の形も変わるんだね。
井田 ファンクショナルモルフォロジーと言います。要するに、形態には意味があるということですよ。特に口の形態にはね。
江見 そうですね。私も口の形状で、餌を想像します。
井田 それはすごい。我々みたいな門歯っていうのは、大体付着する物を食べるでしょ。とんがった犬歯っていうのは、生きた動物を食べるものですよ。それから臼歯を持っているのは、当然硬い殻をすりつぶして食べるんですよね。
江見 魚は口の奥に咽頭歯がありますよね。音するんですよ。
井田 ガリガリっとね。
黒倉 そうなると、そこまで見られるような上級者にとっては、万能の餌なんてありえないね。
井田 ありえないですよ。

13.飼育者から求められる餌料のレベルの多様性:こだわるマニアの存在
八木 そうなってくると、魚を飼育するユーザーにも、ある種のすみ分けがありそうですよね。お祭りから買ってきた金魚を何日かだけ飼うみたいな世界観と、江見さんみたいなより飼育を研ぎ澄ませていくみたいな世界。まさに、鉄は鉄でも、そのままの鉄と玉鋼みたいな違いかもしれませんね。調理道具で例えるならば、100円ショップの包丁で良いみたいな料理の仕方と、素材のディテールまで綺麗に切り出していきたいシェフの違いみたいなものなのかも。
江見 例えに出てきたけど、金魚を極めようとするマニアさんの中には、魚体の色上げとか体型とかを気にする方も多く、餌をすごく工夫してらっしゃるんです。ハイレベルのいわゆるマニアの人は、自分で餌を練って、配合して、成長期に合わせた餌を作る方も多いですね。
八木 現状、餌料開発が行きつく先は、ハンバーグ作りに尽きてしまうような。ニンニク入れて、あれもこれも入れて混ぜ合わせて・・・みたいな。
江見 ニンニクを入れるのには理由があるんです。ニンニクのアリシンがビタミンB1(チアミン)と結合することで、ビタミンB1を破壊するチアミナーゼの破壊を免れるから、嗜好性が上がるって言われているんですよ。だからみんな餌にニンニクを混ぜるんです。
黒倉 確かに、だんだんそうなっていくんだよな。
14.餌料成分の効果を科学的根拠に基づいて確かめられる体制が必要
江見 さっき、黒倉先生はラクトフェリンの話をされていましたけど、ラクトフェリンの餌は既に市販も始まっています。あれを食べさせると白点病が治るというトークで売られています。
黒倉 それは免疫活性が上がるから当然だよ。
これまでも言ってきたけど、過剰にラクトフェリンを与え続けると、副作用が出て魚体は痩せて来ます。
江見 「粘膜が出て白点病になりにくい」っていうところだけがやっぱり注目されて、予防的に常時与えたいって言う思いが、ユーザーさんに湧いてきちゃいますよね。
黒倉 活性が高い分、使い方が難しい薬品でもあります。
江見 作用・反作用を意識しないで使うシーンが増えていますよね。
八木 そういうのをトータルで考えると、体系的にマニアを育成していくとか、フォローしていくみたいな構造がないから、何か特定のポジティブ情報にみんな引っ張られちゃう。さらには、その情報が間違っていたところで矯正する術がないし、疑問を持っても問いかける先もない。ファクトベースで情報を精査できたものだけを並べている、言ってみれば学会の査読済論文みたいな、ああいう構造が求められるのかも知れませんね。
江見 猫や犬だったら、私が勝手に例えばラクトフェリンを投与して、獣医師に「これ腎臓病が治るって聞いたんで、与えています」って言ったら止められるじゃないですか。「それをあげたら、こういう副作用があるから勝手にやっちゃ駄目だよ」って。だけど、アクアリストの世界では、そういう仕組みがまだ未発達ですね。
黒倉 だからそういう勉強会みたいなの作ったら、現役の生理学研究者か、疫病系の研究者か、どなたか先生に顧問で入ってもらって、いざとなったらそういう人がちゃんと説明してくれるシステムを作ればいい。
15.ラクトフェリンの明暗:白点病は治せるが過剰投与は魚を殺す
江見 ちなみに、ラクトフェリンを与えて痩せていくっていうのは、結局、粘膜細胞に栄養を取られてしまっているからなんですか?
黒倉 薬理作用で粘膜細胞がものすごく厚くなってしまい、必要もないのに粘液ばっかりを分泌するようになる。
江見 そしたら栄養不足になって、多臓器不全とか起こすんですかね。ラクトフェリンを与えているのに白点病になるのと変わらないということが起きません?
黒倉 白点は剥がれるから、白点病は治るよ。
江見 そうですね。
黒倉 だから、白点病が出てそうだ、あるいは出ちゃったっていうときに、短期的に与えるのには非常に効果があるんですよ。ただ、治った後もダラダラと与え続けてはいけない。予防効果はないので、短期集中で切り上げないと、弊害が大きく出てしまう。
江見 でも、それを知らないと漫然とこれを与え続けてしまいます。
井田 白点病が怖いから予防的にやっちゃうんでしょ。それは誤りですね。
江見 それって漢方薬に近いものがありますかね。
黒倉 白点病へのラクトフェリンの効果って、みんなが思っている以上に強い。ヒトで言う漢方薬よりかは、ずっと強いね。
江見 私も一時試したことあるんですけどね。でも、私は病気のチェックという意味での検疫をしているので、必要無いかもと思って止めました。
黒倉 必要ないんでしょ。実際に直感として、ラクトフェリンを与えた後、ろ過槽が汚れるなとか、目詰まりが早くなるなって感覚があるはず。
江見 確かに。私も止めた理由は製剤的に合わないから。餌料としてラクトフェリンが含まれているものは、含有量が判らないために使ったことはないですが、ヒト用は明示されていますので、かなり価格は高いんですけど、それを入手して与えてみたことがありますが、なんか、やっぱり水の調子がイマイチになってしまって。
黒倉 それは正しい感覚です。粘液の過剰分泌が起こるので浄化槽が詰まってくるんですよ。
江見 あとね、フコイダンも同じかも。フコイダンも免疫力をあげるって言われてるじゃないですか。
黒倉 免疫活性物質はね、結構危ない。やりすぎちゃう。
江見 やっぱりよい効果と悪い効果は表裏一体っていうことですね。
エンディング
八木 多分、今の話でトピックになるのが、汎用的な餌料で済む相手と、特殊な用途向けの餌料が欲しいっていう世界がある。僕たちは、この特殊用途の潜在的なユーザーに対して、いかにして「三陸エンリッチメント研究室にそういう餌、あります」って言ってあげられるのか。そこに尽きますね。そういったユーザーさんに対してどれだけ多くの選択肢を提供できるのか、そして彼らの悩みを広い視点で見て体系化できるのか、みたいな取り組みも求められています。僕がこれまで江見さんと話をしていて、最初は餌の話だと思って聞いていたのですが、これはどうも「水槽っていう閉鎖環境の中に新たな生態系を擬似的に再現することを求めているんだろうな」と思い始めてきた。そして、それこそが江見さんが求める飼育方法なんだろうと言語化出来た。餌だけではない、餌を介して水槽に供給される有用細菌群が、給餌を通して濾過槽を厚く育てて、水槽水も育てていき、水槽全体に体力も持たせて、魚にはいろんな栄養分を与えて、みたいな。水槽という閉鎖空間の中で、自然界と物理的に隔絶されながらも、自然が持つ多様性を、餌料を介していかに提供するのかみたいなところが、多分、マニアの飼育者が求められることの本質なんだと思います。
黒倉 それがマニアの楽しみなんだよな。
八木 それこそが楽しいという話ですよね。マニアの方をより楽しませるために提供される専用ツールみたいな。多分、僕達が作っている餌料って、そういう位置づけでの再定義ができるのかなと考えています。
江見 だからね、初心者には最初から三陸エンリッチメント研究室の餌料はオーバースペックなのかなって思う。
黒倉 初心者は、雑食性のゼネラリストから飼い始めるであろうから、最初からこの餌でと言ってももったいないね。特異な餌を要求するスペシャリストを飼い始めて、試行錯誤した先に、この餌の価値が見えてくるのかもしれない。
江見 ただ、一般の餌料の一部は栄養バランスが悪いっていう認識と、冷凍餌は激しく水を汚すっていう二つの認識においては、精密凍結活餌料だったら安心できてるので、その点では多くの飼育者に共感してもらえるかな。
今回の座談会は、アクアリストの疑問を軸として行いました。まだまだ話が尽きないというところですが、また機会が設けられればと思っています。今後は様々なアクアリストの方にも参加いただき、さらには勉強会のような形で定期開催をすることで、テーマを深掘りする場が求められていると強く感じました。
先生方、江見さんありがとうございました。
