三陸エンリッチメント研究室

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⽔槽で⿂を飼育するということ-知ると飼うのが楽しくなる科学的知⾒-【Part 4】

目次

  1. 難飼育魚の餌と食性に関する研究とは
  2. 難飼育魚の餌を見つける困難さ
  3. 学術機関とアクアリストの連携の可能性②
  4. 「餌離れ」は自然環境と飼育環境の差によるストレスで起きる
  5. 飼育環境下で魚にかかるストレスを軽減するためには
  6. ヒトと魚の類似性から魚との接し方を考える

12. 難飼育魚の餌と食性に関する研究とは


鈴木 飼育していく上で、なかなか飼育がうまくいかない魚って結構いると思います。いわゆる、難飼育魚というやつですね。彼らについて、特に摂餌行動や餌の観点から、今までの研究経験を踏まえ、共通していることがあるのかどうか、黒倉先生からお話を伺いたいと思います。


黒倉 それに答えるのは結構難しくてね。つまり魚に限らず、飼ったことのない、新しい生き物を飼うことが、そんなに簡単なことなのかってことがあるじゃないですか。

 パンダが初めて日本にきたときに、笹を食べるらしいってことはわかっていたけど、どれくらい笹をやっているかがわかんないとか、そういうのがあったから、初めて飼うものはとても難しい。でも、初めて飼うものの中には、非常にモデル化された、配合飼料みたいなものに食いつくものもいるけど、得てして、そういうものには合わない魚が多いですよね。

 だから、そうすると結局やるべきことは二つあって、一つは本線の研究の方で、自然環境下で彼らが何を食べているのかっていう問題を解明する手があるんですよね。何を食べているかわかった段階で、その餌を提供できるのかどうか。提供できないのならば、代替のものを探すという話ですね。それから、もう一つの研究はある意味、無茶苦茶なやり方で、これで成功している例もあるんですけど、何食ってるんだかわかんないけど、とにかく食うもの、あるいは成長するものを探す。最初はそれを食うかどうか、さらにはそれを食って成長するかっていうことを調べていって、何かその代替があるかどうかを確認して、という研究ですね。ウナギの餌料研究なんかがその例ですけど。

 餌関係だとそういった研究なんですよ。ただ、もうこの生き物は飼えないっていうことに関しては、餌意外に要因があって。例えばイセエビがそうだけども、水管理とかの飼育環境管理がうまくいかないっていう事例もあるんですよね。だからその飼育環境の管理なのか、餌なのか、それから餌についての情報があるのかないか、実は情報がないとするなら、もうめくらめっぽう代替のものを試してやるかっていう感じになってくると思うんですよね。


鈴木 なるほどですね。まず、自然環境下での食性を明らかにして、そこからヒントを得て餌を開発するっていうのと、そういう情報がそもそもわからないので、代替のものをひたすら探していくというやり方ですね。井田先生の方にちょっとお伺いしたいのは、この自然環境下での食性を観察するという研究活動についてですね。こういったものは、具体的にはどんなことをやられているんですか。


井田 1990年代からですね、魚の胃袋を開いて、実際に何を食べているのかといった食性について、非常に多くの観察例が報告されてきました。CITESで禁止されているサンゴ礁魚類以外、つまり私達が耳にするほとんどの魚については、何を食べてるよっていう報告は多く見られます。

 必ずというわけじゃないですけど、生き物は魚に限らず、他の近縁種が利用してない空間、餌、そういったものを利用してやろうというスペシャリストが、非常に多くの分類群で見られますよね。それに対するのがジェラリストで、そこら辺にある食べ物を何でも利用してやろうという生き物です。日本語で言ったら何でも食者さん。それに対するのに専門食者さんっていうのがあって、他の魚が利用してないからスポンジ、つまり海綿を利用しようとか、他の特殊な海藻食べようとか、そういうのがいるんですね。

 そういった専門食者が、形態も特殊化するし、摂餌するための口、歯、そういったものを通常のものから変形させて、スペシャリスト、すなわち特殊な専門食者になるんですね。だから、飼育困難魚っていうのは、多くの魚が利用してない餌生物、あるいは生活空間を利用することが多くて、そういったものが飼育困難魚に当たると思います。

 具体的には、例えばサンゴ礁のポリプを食べるチョウチョウウオの仲間の一部とか、それからサンゴ礁の隙間を生きているフエヤッコダイとかハシナガチョウチョウウオ、といったものがやっぱりスペシャリストになると思うんですね。だからそういうものは何を食べているかは、レポートを見ればかなり出てきます。

 要するに自然界というのは、空きが無いように、無いように進化してきたと思うんですよね。また、スペシャリストは形態が異常だから、アクアリストの方も魅力を感じると思う。通常の魚の飼育に飽きた方は、はまり込んでいくのだろうと。

 ですから、これまでの研究者あるいは、アマチュアのダイバーが観察した、餌対象が何であるかといった知見を蓄積していけば、この難飼育魚っていうのは、次第に難飼育魚じゃなくて、「難」が取れるような状況になることを期待しています。そのためにはアマチュアの方のレポートは非常に大事だと思います。


鈴木 何でも食べるジェネラリスト、専門食のスペシャリスト。よくよく考えてみると難飼育魚となると、スペシャリストが多いのだろうなと思います、そもそも、黒倉先生のおっしゃっていた、初めて飼うものに多分当たってくるのかなと。一方で、養殖産業が発展したサケなんかは、ジェネラリストですよね。あれは何でも食べるから、どんどん太らせられて、餌をいろいろ使えるということで産業として発展をしています。一方で、ウナギなんかはスペシャリストなのかなと思います。


黒倉 稚魚の時はね。レプトセファルスのときは何食ってるかわからない。ずいぶん胃内容物を観察したみたいだけど、なかなかわかってきていないね。

13. 難飼育魚の餌を見つける困難さ


鈴木 これまでのお話から、その魚のライフステージが餌の選択に関わってくるようにお思います。先ほどの餌のお話にもありましたが、ライフステージによって何を食べているのかが変化し、段階ごとに難飼育魚の状態と、「難」が外れた飼育魚の状態が混在することになる。一個体でも非常にエサの要求は多様だということですよね。


井田 イセエビをご存知でしょうか。イセエビは1960年代には人工繁殖研究の主要なターゲットでした。しかし、ほとんどの研究者が失敗したんですね。ところが、先世紀の終わりに、ダイバーが、イセエビのフィロゾーマ幼生クラゲに乗って泳いでいることを見つけた。クラゲっていうのは実はフィロゾーマだけじゃなくて、様々な脊椎動物も利用しているんですね。

 海洋にはゼラチン質なもののバイオマスが非常に大きいです。魚も、実に多様な種類が海洋中のゼラチン質を利用していることがわかったんです。クラゲだけじゃなく、サルパとかもね。もう様々な軟体、つまり骨を持たない透明なゼラチン質な生き物が、非常に海洋生態系で重要な役割を果たしているんですね。この事実を、多分、難飼育魚の餌なんかにも考えてみるといいんじゃないかなと思っています。


鈴木 ゼラチン質なもの、例えばクラゲやサルパを「利用する」っていうのは具体的にはどういうことですか?


井田 食べている。


鈴木 なるほど、幼生が寄っているっていうのは、少しずつゼラチン質を食べているということなんですね。


井田 それから、捕食者からのシェルターにもなっているわけですよね。ただ全ての生物に対して、100%有効な防御力ってないですよね。オサガメだって喜んでクラゲを食べているわけですよね。アジ科もかなり、クラゲと泳ぐのが好きな魚ですね。こうした発見には、野外観察という自然環境下の報告事例が蓄積されてきた効果が大きいと思います。

14. 学術機関とアクアリストの連携の可能性②


井田 野外観察をする人とアクアリストが情報をシェアし合うみたいなことが、もっと積極的にあってもいいんだよね。この交流が少なすぎますよね。我々研究者もそういう観察をするアマチュアのアクアリストに対して積極的にアクセスがあるわけじゃないですけどね。


鈴木 非常に重要なお話をしていただいたと思います。自然環境下でのその魚本来の様子がどうなのかっていうお話を、今回お2人の先生方が非常にされてきた中で、野外観察によって実際に見て、我々研究者がある意味、今の学問体系の中で気付かないようなポイントに気付けるんだなと。そういう意味では、アクアリストの方は常に魚を観察して、研究者も海に潜って魚を観察している。その相互の交流がこれからできるようなプラットフォームがあるというのが、おそらく理想なのかな思いました。

15. 「餌離れ」は自然環境と飼育環境の差によるストレスで起きる


鈴木 今、難飼育魚っていうのは、専門食の子たちが多いんだというお話で、一旦落ち着いたかと思います。要するに何を食べているかわからないので、代替の餌すらもわからない。そういった難飼育魚だけではなくて、飼育環境の中で、それまで与えていた餌をいきなり食べなくなる魚が結構いるというのは、おそらく養殖業の世界でも、アクアリストの世界でもよくある話だと思います。魚が人為環境化で餌を食べなくなるっていうのは、どういった問題が考えられるのか、黒倉先生からご意見うかがえればと思います。


黒倉 養殖なんかでは、餌離れしちゃうっていう現象をよく経験してきました。僕は養殖業者じゃないからわかんないけど、でも、彼らが考えているのは病気の発生であるとか、前の日の魚の取り扱いであるとか、水温の急変であるとか、そういうものが多分引き金で餌離れするんだろうと思います。

 だから、水温の急変みたいなものだったら元に戻るからいいんだけど、病気の発生だと元に戻らない。そういうところで、養殖業者は緊張するんですよね。やっぱり、彼らがそういうところで勘が働くのも、毎日餌をやっているからですよ。毎日餌やりの時に魚を見て、自動給餌器じゃなくて、やっぱり餌は手で撒いた魚の方が成長は良いというのは、多分そのせいだと思うんだけど。そういう中で魚の様子を観察している。


鈴木 井田先生も自然環境の中での魚の食性ですとか、行動っていうのを観察してきた中で、自然環境から人為環境に魚を入れることで、起きる問題っていうのは思い当たりますか。それが食性であっても、行動の異常とかでも結構です。


井田 自分自身が直接観察してないので、ちょっとどのようにお話していいかわからないんですけれども。僕の場合ですね、自然環境と飼育環境の環境ギャップ、これが大きいと常々感じています。例えば底に穴を掘って生活しているようなハゼに、浅い砂や粒が大きな砂利を敷いたのでは、とても彼らは居心地悪いんだろうと思うんですね。だから魚になった気持ちで、扱うということが大事。そのためには、飼おうとしている種がどのような自然環境下で普段は生活しているのかっていうのを、まず飼う前にご自分で見ることはもちろん大事だと思います。それが叶わない場合は、何らかの情報で生息環境が砂地であるのか岩場であるのか、そういったことぐらいは、あらかじめ理解していただきたいなというふうに思ってます。

 人工環境下でもある程度の光量があれば、自然環境で生えている珪藻とか、藻類が生えて、そういったものを飼育魚がかじり取るっていうことは、彼らの心理的な安定度には極めて必要だろうと思うんですね。そういった細かな環境の差が、初期ではある程度代替餌で満足していたのが、長期的にはストレスが溜まって、突然餌を食べなくなるということに結びつくんじゃないかと思います。これは単に推測の域ですが、ある程度その魚が暮らす自然環境の再現を試みるっていうことは必要じゃないかなと思います。


黒倉 輸送による生息環境変化に伴うストレスの問題に関してもね。まず一つ、水産関係で基礎研究がありそうなフィールドとしては、活魚輸送ですね。活魚の輸送中の輸送ストレスからの保護を魚に提供するっていう仕事はどっかにないかな。もしかするとあるんじゃないかな。それからもう一つありそうかなっていうのが、水族館だとアニマルウェルフェアっていう考え方があるから、あれでストレスホルモンを測っている例がずいぶんあるんですよ。イルカとか、クジラとかの仲間ですね。

 ああいうのを魚でもって、魚が輸送中とか、あるいは環境を変えたときにストレスを感じているかどうかっていう研究も、あってもいいんだろうと思うんだよね。そういうのは、飼育の現場に内分泌生理的なプロの研究者が貢献できる場面だと思います。


鈴木 魚のストレス測定っていうのは、内分泌を測るような研究がメインなのでしょうか。


黒倉 いや、魚のストレス研究ってのは、魚病関係の研究者の仕事が昔から多いんですよ。だから、魚にストレスを与えたときに病原体への感染率がどの程度上がるのかとか、そういう研究が昔はあったんですよ。逆に、ある環境を与えたときに魚がストレスを感じるか、感じられないかという研究はあまりないんじゃないかと思うんですけど。

16. 飼育環境下で魚にかかるストレスを軽減するためには


鈴木 今、井田先生の方からいただいていたお話、非常にポイントになるかなと思ったのが、人工環境下でも藻類を発生させて、それをかじるような、そういう食性を持っている魚を飼育する上では、そういった配慮をしてあげなきゃいけないと。一方で、人工環境というと、特にアクアリストの方はそうかもしれないですが、どうしても水槽を綺麗にして、透明な環境で魚を見たいという願望があると思います。そうなってくると、そこのバランスを取るのが難しくなるのかなと思いますね。


井田 もちろん、これは海藻に依存性の高い魚だけではないんですけども、最近のペレットは、海藻成分を含んだものがいっぱい市販されてると思うんです。ただ、それだけでは栄養学的には代替できても、彼らの藻類をかじり取るという、なんて言うか、行動的な満足感は得られないと思うんですよね。やはり彼らのノーマルな行動、再現できるような環境っていうのは必要なんじゃないかと思います。


鈴木 それはすごく思います。人間も、栄養学的に満たされた食で良いのであれば、栄養食やサプリを食べていれば良い。でも、それで食の喜びを感じたり、心理的に豊かな状態になれるかっていったらそうではないですよね。


井田 長い腸管も必要なくなっちゃいますよね。


鈴木 そうすると、黒倉先生のおっしゃっていたアニマルウェルフェアともおそらく関わってきますね。彼らの、自然環境下でどうあったのか?っていうのを食生活まで全て再現してあげると。


黒倉 最近ペットの遊び道具みたいなのあるじゃない。魚の遊び道具みたいなのがあってもいいかもしれない。


鈴木 犬なんかは、歯をちゃんと保てるようにかじる骨の形のお菓子がありますね。魚では、定期的にかじる岩みたいな、何かそういうのがないですね。


井田 たぶん、水槽に入っているオブジェで代替してるだろうと思いますけどね。


鈴木 岩のオブジェの表面をかじって。


井田 それはかじる、接触という行動の代替戦略です。常時泳いでいる魚は別として、着底するような生き物であれば、ガラス面よりは、自然の砂とか岩とかの方が彼らの、何かそういう接触意識っていうのを埋め合わせられる場合と、埋め合わせられない場合とがあると思います。


鈴木 まさしくそうだと思いますね。やっぱり底が砂地の環境にいる魚っていうのは、ずっと底質のところに体を接しているので、それが平らなガラス面だとやはり違和感を感じてしまう。それこそ、井田先生がおっしゃったように、飼う前に、その魚は自然環境下では砂地に住んでいるのか、岩場に住んでいるのか、常に表層を泳ぐ魚なのかぐらいは知っておくっていうことですね。


黒倉 ウナギ何かは巣のようなものに入っていると、すごく落ち着いた感じがしますよね。あれは、ああいう細いところに身を潜めると落ち着くのかね。


鈴木 そういう生き物も実際にいますからね。私が飼っていたハオコゼもそうでしたけど、やっぱり何か小さい器とかを水槽の中に置くと、そこに隠れて、常にそこにいて、餌のときだけ出てくるみたいな。おそらく自然環境でも、岩の隙間に入る子たちだったんだろうなっていうのを再現しているのだろうと思いました。

17. ヒトと魚の類似性から魚との接し方を考える


鈴木 要するに、餌を食べなくなるといった問題は、やっぱり彼らが本来住んでいた自然環境と飼育環境のギャップが大きくなればなるほど発生する。そういったストレスによって、さらに魚体が弱ってくる、魚病といった普段感染しないものに簡単に感染してしまうような状況を作っちゃうんだろうなと思います。単に餌を食べなくなるっていう話だけではなくて、魚が弱ってしまうっていうには、根源的には自然環境と飼育環境のギャップが大きくなることによるストレスなのだなっていうのは、今のお話しでわかったことですね。そのためには、もう少し魚に関してもアニマルウェルフェアの考え方が必要なのかなと。どうしても、魚は死んでしまったら入れ替えて新しいのをという意識が強いんだと思うんですが、そういう考え方を変えるっていうのも一つなのかなと。


井田 よろしいですか。基本的にはですね、私達の持っているホルモンは、100%魚も持っているんですね。多少機能は違うんですけど。つまり、魚とヒトは遺伝子レベルではそんなに大きな違いはないと思ってもらっていい。それから、今から10年ぐらい前にですね、ゼブラフィッシュという魚に、四足動物の手の発生を阻害する薬を与える実験がありました。そうすると、ゼブラフィッシュの胸鰭が出来なくなるんですよ。だから、昔の人が形態発生学的に理解してきた「我々の手は魚の胸鰭に相当する」っていう事実は、近年の遺伝学的にも再現したんですね。事程左様に、私達四足動物と魚はルーツは同じで、脊椎動物の基本である。そういうことをいろんな方に理解してもらって、我々と魚は遠く離れた生き物ではなくて、私達陸上の四足動物の祖先型を残している生き物である。そういった気持ちで接していただけたら嬉しいなと思います。これは科学ではないですけどね、感情です。


黒倉 感情なんだけど、昔、『実験動物としての魚類』っていう本がありましたよね。実験動物として、なぜ魚が重要なのかっていうと、それは脊椎動物の基本形だからだと。哺乳類で実験するって結構大変じゃないですか。魚でなら実験することができる。魚で実験することがいかに大事かっていうことを説いた本なんだけれども。今さら振り返ってみるとその通りですが、『実験動物としての魚類』をなぜ書いたんだろうっていうのを考えてみると、そういう結構意味のある本だったな。


鈴木 なるほどですね。魚と私達ヒトっていうのが似通っているっていう発想が、今はどんどん薄くなっているのかな。やっぱり海の中と陸のように、生活環境が違うからっていうのもあると思います。ホルモンの類似性の話、遺伝子レベルの話し、あとはさっきのストレスの話もそうですね。ストレスがかかると何かしら調子が悪くなるというのは、ヒトとある意味一緒だと思います。確かにヒトと一緒だって考えたら自動的に、ウェルフェアの意識が出てくる。そういったところを、メッセージとして発信していくのが大事かなと思いました。魚が実験動物にされてきたっていうお話自体も、ヒトに近い生物としての特性をしっかり持っていた。だから魚で、やることもできるんだということですね。哺乳類のラット以外でも、魚が使えるんだっていうメッセージがあるだと思います。